「25歳からは女の子じゃない」資生堂CMが浮き彫りにしたソーシャル時代のコモン・センス

   資生堂は2016年10月7日、化粧品ブランド「インテグレート」のCMに対し「女性差別」「セクハラ」との批判がネット上に出ていたことを受け、同CMのテレビ放映を終了することを決定した。~J-CASTニュース
最近こういうの多いですね。
「一部のネットのネガティブなコメントや批判を浴びた」企業がCM放映を自粛したのを受け「これのどこがダメなの?」という擁護コメントが散見されるまでがワンセット。

(一部の方に)我々の意図が正しく伝わらなかった
(一部の方への)配慮が足らなかった

CMを放映中止にした企業は、こういったコメントを発表します。

私見ですが、例えば少し前に炎上した日清の「バカやろうCM」については、そもそもAppleのThink differentの超絶劣化コピーだし、キャスティングに問題を感じた方も多かったので中止もやむなしと思いました。

しかし気になるのは、最近では一部ネットの声がどんどん範囲を広げてきており、問題視するでもない事にまで騒ぎ立てる過度なネチズム(ネット・ファシズム)になっているのでは?という点です。

「羨望」という相手を攻撃するトリガーになる感情

主にネット上などで企業や個人を攻撃する人達の原動力は何なのでしょうか?

要因は複雑だろうし、さまざまな可能性があると思うけれども、代表的なのは「羨望(envy)」という感情だと思います。
嫉妬(jealousy)と羨望(envy)は、心理学的には異なる2つの感情である。羨望は、自分以外の誰かが望ましいよいものをわがものとしていて、それを楽しんでいることに対する怒りの感情であり、二者関係に基づいている。対して嫉妬は、三者関係で自分が愛する対象が別の存在に心を寄せることを怖れ、その存在をねたみ憎む感情である。 
嫉妬は主として現実、想像上にかかわらず、自分以外の誰かとの情欲関係においてみられる。羨望は最も原始的で悪性の攻撃欲動であり、よい対象を破壊してしまうが、嫉妬は愛する対象への愛情は存在していて、羨望の様によい対象が破壊されてしまうことはない(嫉妬の中に羨望が入りこむことはある)。~Wikipedia

なるほど、合点がいく。表題の放映中止になった資生堂CM「25歳からは女の子じゃない」というセンテンスを受け入れることができた人はポジティブな理解を示したが、そうでない人は「羨望」という感情によってこれを否定し攻撃するに至った。しかし、怖いのはその後のことです。
羨望に満ちた人は、人の楽しんでいるのを見て嫌な気持ちになる。そのような人は他人の悲惨なさまを見て、はじめて気が休まるのである。したがって羨望にみちた人を満足させようとする努力はすべて実を結ぶことはない。~「羨望と感謝」(メラニー・クライン)
精神分析家であるメラニー・クラインが言及していたことが現実であるならば、企業側にとっては、今後のセールスプロモーションにおいて見過ごせない問題になります。

また、セールスコンテンツを制作することを生業としている弊社のような企業にとっても非常に大きな障壁となります。

「羨望」を増殖させる背景

しかも現代の日本は、「羨望」という感情を大幅に増殖させる要因があまりにもたくさん存在しています。

筆頭は「ソーシャルネットワーク」でしょう。ソーシャルネットワークは、お互いがフラットな関係でインタラクティブにコミュニケーションが取れるプラットフォームを提供した。これまで、ある程度の距離があった企業と消費者や他人同士の関係性を一気に変えてしまった。

これまで、企業や有名人、知り合い程度の人などとコミュニケーションを図るには、それなりの作法が必要で手段も限られており、手軽ではなかった。しかし、スマホとソーシャルネットは、おそろしく手軽で作法はプラットフォームが用意してくれている。なので、誰もが友達に話しかけるみたいにコミュニケーションが取れてしまう。

企業のすぐそばでいろんな価値観をもった消費者が聞き耳立てている状態。

これは、非常にメリットが大きいですが、羨望に満ちた人間の攻撃手段として手軽に提供出来てしまうというリスクも抱え込んでしまいました。

次に「格差社会」です。年代、地域、職業などによる賃金格差の広がりは増える一方です。※男女間の賃金格差のみ是正されています。

いわずものかな格差の広がりは嫉妬や羨望の感情を増長させる大きな要因となります。

古い価値観とのギャップ

また、格差の影響も踏まえたもう一つの要因として価値観のギャップも羨望を生み出す原因となります。

例として「女性の25歳」という境界的な数値はどこからやってくるのかといえば、いろんな考えはあると思いますが、おそらく平均結婚年齢からだと推測されます。

「みんな25才くらいまでには結婚しているのだから...」

しかし平均結婚年齢が25歳だった時代は1980年以前、もう40年近く前のことです。もしかしたら女性が25歳までに結婚するのは理想かもしれませんが、極端な話100年前だと25歳でも遅いくらいだったはずです。現在、女性の平均初婚年齢は「29.4歳」。

資生堂CMの「25歳からは女の子じゃない」の根拠が平均結婚年齢であるとするならば、現在においては「30歳からは女の子じゃない」、100年前に放映するなら「20歳からは女の子じゃない」といったほうがエビデンスとしては納得感があるかもしれません。

内閣府:出生数の年次推移
厚生労働省:人口動態統計の年間推計

コンテンツを発信する側においては、このような年代間格差が生み出す価値観のギャップを注視する必要性が高まっていると思います。

厚生労働省:国民生活基礎調査の概況


共働きと専業の価値観も同様に、現在では専業世帯の方がマイノリティだし、世帯当りの平均所得も横ばいです。つまり一人当りの所得は下がっている。そうであるのにCMで放映される家族像は、専業主婦家庭の設定が圧倒的に多いというギャップも同じような構造です。

ソーシャル時代のコモン・センスとは?

企業と消費者がフラットで良好な関係でコミュニケーションを取っていくためには、企業側は格差のギャップに配慮する必要があるし、消費者は多様な価値観を受け入れるリテラシーを身につける必要があるといえるでしょう。

また、テレビCMといった多くの世代が視聴するマスメディアでは、人々の羨望に触れるコンテンツは避け、ターゲットが比較的明確なミニコミでチャレンジしていくのが望ましいかもしれません。

「すべての人に配慮していたら突き抜けたコンテンツは作れない。堅苦しい時代だ。」

多様化した価値観が受け入れられない人にとっては、その通りです。しかし、単一価値観の時代は、もう存在しないのです。ポジティブに捉えれば多様な価値観は進化のスピードを加速させます。コンテンツプロバイダーは、新しいソーシャル時代のコモン・センスの中で突き抜けたモノを制作していくしかないのです。

「25歳からは女の子じゃない」資生堂のCMは、本当に問題がなかったのか?

あったと理解するのが合理的でしょう。一部のネットの声は、捉えようのない架空の存在ではなく、リアルな消費者の声の一部です。

宗教が身近な存在でない日本ではピンときませんが、羨望はカトリックでは七つの大罪の一つとされています。ソーシャル時代のコモン・センスを理解するには「羨望」というキーワードと長い付き合いになるということかもしれません。
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